投稿

ラベル(practice teaching)が付いた投稿を表示しています

Translate

今期ラストの実習生授業

イメージ
担当していた実習生の授業は今日でラスト です。 上手くいかなかったこともあると思います。 だからと言って落ち込む必要はありません。 生徒の動きやチーム練習の様子を見れば、明らかに伸びているのは確実です。 厳しく自己評価することも良いですけど、 悪いところばかりに目を向けるのではなく、何が良かったのかも厳密に見ていけると良い ですね。 退勤後、本屋に寄り道。 ロードバイクメンテナンスの本を買いました。 少しでも長い間キレイな状態で使いたいですからね。 キレイにしていれば、必然的に乗り心地もいい状態をキープできるでしょうし。 帰宅してから、iOSのアップデートを行いました。 iPhone、iPadともに更新完了。 Macの更新(10.7.2)も来ていたので、こちらも更新。 iOS 5の使い方などはAppBank( 【完成版】iOS 5 の使い方まとめ!新機能を中心にご紹介いたします! )を参考にさせて頂きました。

Nオキ先生来校

今日は実習生にとって最後となる保健の授業。 前回の反省がよく生かされています。 専門的な内容でも分かりやすく伝えようとしていることが伝わってきました。 掲示物はとても上手に描かれていました。その才能はホント羨ましい。 体育の授業では、Nオキ先生が参観に来てくださいました。 先生は 事実を元に授業を語って下さいました。 あるチームの三段攻撃の実施回数から、本時の教師からの投げかけ(主発問)は適当であったか、改善されるとすればどういう手があったか等が主な内容でした。 今日は実習生の授業、しかも研究授業でもありません。 それにも関わらず、これだけ精密に授業記録をとってくださったことはとてもありがたいことです。 これは、実習生はもちろんのこと、指導教員の私にとっても同様です。 実習生は生徒に対する指導方法を再考する機会になりますし、私にとっては実習生の授業を見る新たな視点を得ることになるからです。 Nオキ先生の授業研究に対する真摯さを目の当たりにし、改めて実習生指導に精を出そうという気持ちが湧いてきました。

Hデト先生再訪

前期の授業参観に続き、今回もHデト先生が授業参観に来てくださいました。 本当に熱心だなぁ。 曲がりなりにも実習生指導に当たらせてもらって4年が経ちました。 その中で 「こちら側」の意見と、「あちら側」の意見の両方を聞くことがありました。 お互いに、お互いの意見を何となくは知っていると思うんです。 でも、それはあくまで暗黙の了解でしかありません。 例えば、Hデト先生のように来校してくださるのはとてもありがたいことです。 そこで「こちら側」がどのように受け取るかが問題のような気がします。 ここら辺はあまり詳しく書けません。 でも、ひとつだけ、 もっと意見交換の場面をつくるべき だとは思います。 かしこまった場でなくても良いんです。 その代わり、 きちんと見取った実習生の姿を元に話すことが大事です。 「先生」になることにプレッシャーを感じる人は多いはずです。 普段、学生である実習生にとって、それはより大きなものに感じられるでしょう。 実習生の内に丁寧に指導しておくことが、ゆくゆくは指導の現場に出たときに役立つと思います。 学校に対する風当たりって、そんなに穏やかではないですからね。 しかも、その風は内からも外からも吹いていますしね。 実習生の様子を見て、風を受ける力があるのか、いなす力があるのか。 その力が今のところ足りないとしたら、どんな手が打てるのか。 「こちら側」も「あちら側」も、指導教員として責任を持たないといけない ように思います。 まぁ、たいてい優秀な学生さんばかりなんですけどね。

実習生(4年生)の保健の授業

さすが4年生です。 これまでの経験が生きているのでしょう。安定感があります。 指導案を見た時点から大丈夫だという感じがしていました。 敢えて言うなら、ダイナミックさが欲しかった。 小学校の授業と違い、知識を伝える場面はどうしても淡々としがち。 専門的な部分なので仕方のないところもあります。 でも、そこで ちょっとした教具があるとグッと生徒の気持ちを引き付けることができます。 また、小学生相手のような演じ方をする必要は無いと思うけど、もっと表情豊かにしてもいいような気がした。 …あ、こっちは緊張していただけかな? 次回の授業に期待です。

教育実習(選択)開始

再び教育実習期間の始まりです。 今回の実習生は4年生です。 何の因果か、前勤務先のときも関わった実習生を担当することに。 やりやすいやら、やりにくいやら。 4年次の実習は実習開始早々に授業が始まるのがちょっとしんどいところ だと思う。 自分自身も「子どもがわからないのに、どうやって問いをたてるの?」って思っていましたし。 ところが、受け入れる側になってみると、授業を1コマでも多くやらせてあげたいので、このタイミングで始めないと全く物にならないよな〜とも思うわけです。 そういうわけで初日から実習生の授業です。 先週見に来ていたこともあり、流れはスムーズ でした。 上々の滑り出しです。 何を学ばせたいのか、軸となっている発問は何なのかが明確になればより良かったと思います。 選択実習に来る学生さんは、通算3回目の実習ですからね。 厳しめにいきましょう。 その分、こちらも気合入れてみさせて頂きます。

養護の実習生の授業

本来は実習期間ではありませんが、養護の実習生が保健の授業を行いました。 先週の水曜日に行う予定だったのですが、その日は台風で臨時休校になってしまったためです。 養護の実習生は4人。 1コマずつ違う実習生が担当したため、毎時間記録をとるのが大変でした。 4人いますから、もちろん授業後の協議も4人分。 昼飯を食いそびれました… でも、養護の実習生とはいえ、ちゃんと授業ができるチャンスを作れたことは良かったと思います。 保健室とは違う生徒の姿を知ることができたでしょうし、今後も保健の授業を担当する可能性もあります。 4人ともしっかり授業の準備がなされていて、大変真面目に取り組んでいました。お疲れ様でした。 帰宅後、家の掃除&片付け。 徐々に進んできたな。 でも、食器の置き場が無いな…どうしようか…捨てるか… それにしても、ホコリでくしゃみが出てしょうがない。

Hデト先生来訪

今日は1時間目からHデト先生が実習生の授業を参観しに来てくださいました。 たまたま私の指導している実習生が、Hデト先生の研究室に所属していたのです(部活も)。 研究授業ではありませんでしたが、授業を見て頂いた実習生にとっては良い経験になったと思います。 早めに指導案を作成し、予めHデト先生にお送りしておき、授業後に講評を頂く。 こう書いてしまうと、何てことのないことのように思えます。 でも、ほとんど授業の経験のない実習生にとっては大きなプレッシャーになったことでしょう。 でも、そのプレッシャーも授業を行う原動力に成り得ます。 生徒たちの良いところを見せようと思えば、必然的に教材研究や指導に熱が入ります。 立ち居振る舞いから、緊張感を持って生徒と向き合っていることが伝わってきました。 Hデト先生は授業を見た後、すぐに次の学校に行かれました。 偶然にも前勤務先。 よろしくお伝え下さい。 本日はご指導ありがとうございました。

また授業したくなるとき

担当している実習生が2回目となる保健の授業をやりました。 実習生の保健は2回でお終いです。 放課後に、その協議会をしているときのことでした。 「もう一回、授業したいです」 その理由を問うてみました。 「うまくいかなかったから」 「次はもっとうまくできると思ったから」 ああしていれば…こうしていれば…と、概ね後悔とも受け取れることを言っていました。 しかし、実際は後悔だけではないと思うんです。 実習生たちは授業をしてみて、何らかの成果を得ることができたから、次も授業をやりたいと思ったのではないでしょうか。 私の目から見ても、自分の用意した教材に生徒たちが食いついた時は楽しそうに授業をしていました。実習生にとっての成果は生徒たちの反応に現れていたことは明らかです。 何か行動を起こすと、事後にその行動を振り返れば、必ず成果と課題を見出すことができると思います。 そして、 人が再びその行動を実行したいと思うときというのは、少し多めの成果と、解決への見通しが立つ課題が残ったとき だと思うのです。 (もちろん色んな場合があるでしょうけど、あくまで私見ということで…) もう保健の授業が無い状態で、実習生がもう一度授業のチャンスを欲しがる状況をつくるのは良くないと考える方もいらっしゃるかもしれません。 でも、私はこのくらいの状態で丁度いいと考えます。 「これでいいや」と思って思考停止されるより、「ああしていれば…」と後悔して、次のことを考えるほうが現場に出たときに役立ちます。 授業づくりには終わりがありませんからね。

中学校における教育実習の体育授業

今日は担当している実習生の体育授業がありました。 保健(座学)との違いを実感したと思います。 初めての授業において、授業者の反省はどこに向くのか。 それは ほとんどの場合、教師行動に関するもの です。 「準備が甘かった。」 「もっと褒めれば良かった。」 「集合させる回数が多すぎた。」 反省の場ではそういう言葉が聞こえてきます。 それでも、私の目にはよくできているように映りました。 なんでだろうなぁ? と考えてみたところ、 続けて同じ内容の授業を行うから という答えに行き着きました。 中学校ではクラスに張り付くわけではなく、担当した学年に張り付く形をとるため、同じ内容の授業を連続して行うことになります。 同じ内容を教えるということは、特にマネジメントの部分で、1回目よりも2回目の方が効率が良くなると予想されます。 これは、小学校のように同じ授業を繰り返すことが無い場合では実感しにくいことだと思います(専科を除く)。 そういったことから、中学校における実習生の変容と、今まで私が見てきた小学校における実習生の変容とは異なっていました。 つまり、 実習生が1日の授業実践の中で、成長している部分が顕著に見えたから、私の目にはよくできているように見えた のです。 教師行動に関する部分は中学校の方が学びやすいのかもしれません。 でも、その分、一人ひとりの子どもに応じた指導の在り方を考えるのは難しいのかもしれません。 今後の授業ではどういった変容を見せてくれるのか。楽しみです。

今年度の水泳終了

今日で今年度の水泳授業が終わりました。 大過なく終わり何よりでした。 時間があればもっと泳法の練習とかしたかったなぁと思ったりもするのですが。 これで教員の担当する体育はしばらくお預けです。 実習生さんに引き継ぐことになります。 その授業が来週の月曜日に行われるため、授業後は指導案検討。 迷いが指導案から滲み出ております。 でも、大丈夫。 まだ時間はありますよ。

実習生初授業(保健)

今日は私が担当している実習生たちの初授業。 3年生の保健でした。 午前中の4コマを1コマずつ交互に行い、2人が2コマ授業することになっています。 実習生には事前指導として、指導案のチェック以外にもいくつかお話しておきました。 もちろん、自分で気づいてほしいところは黙っておきます。 ただし、それではただの丸投げになってしまいますから、 きちんと資料を読み込むこと を伝えておきました。いわゆる教材研究ですね。 科学的な根拠がないと子どもたちは納得しませんし、教える側としても自信をもって話すことができません。 そういう意味では2人とも優秀です。 渡しておいた資料を読み込むだけでなく、自分で資料を探してきましたから。 そんなの当たり前じゃんって思われるかもしれませんが、意外と用意されたものしか勉強しないって人はいます。 (書いていて、もしかして学校教育の弊害だったりして…と思ってしまった) 今日授業を行った実習生は2人とも、自らより良い授業にしようという気持ちが現れていました。 快調な滑り出しと言っていいでしょう。 さて、これからどんな授業を見せてくれるのでしょうか。 座学ではない体育も待っています。 生徒たちの変容だけでなく、実習生たちの変容も楽しみです。

2学期授業開始&実習開始

2学期の体育授業が始まりました。 それと同時に教育実習が始まりました。 基礎実習ですから3年生がいらっしゃっています。 初っ端の授業は実習生ではなく、我々が担当しました。 水泳です。 微妙な天気でしたが、降られずに済んでラッキーでした。 今日は教員が担当しましたが、 中高の実習って人によっては、かなり早い時期に実習生の授業が始まる んですよね。 そして、 教員が見せる授業が明らかに少ない 。 人数の振り分け上、仕方ないのかもしれないですが、いきなりやってみなさいというのも厳しいと思います。 実習生への指導はいつも通りにしっかり行います。 ただし、今年度は小・中における実習生指導の違いというものを意識しながら実習期間を過ごそうと思います。

教育実習(選択)終了

異様に暖かく、風の強い日でした。 そして、鼻がムズムズムズムズムズムズムズムズする日でした。 今年はマズイかもしれない… そんな今日は実習生とお別れの日です。 子どもたちから見れば、別れが悲しくて泣いているという設定になった(かな?) 子どもたちに実習生の先生とのお別れ会をやるか聞いたら、やはり「やる!」との回答。 司会の立ち上げから、プログラムの構成まで当日中にできるようになったんだから立派なもんです。 司会は「時間が無いから経験のある人を選んだ方が良い」という理由で、基礎実習の時のお別れ会を担当した子どもたちが選ばれた。 さすが。 子どもたちとのお別れ、そして、教員とのお別れを終えて諸々の片付けをしてもらう。 本当にお疲れ様でした。 打ち上げは学年全体で行われました@ 魚馳走亭 ちゃぽん 渋谷店 実習生の皆さんは、4月からは仕事終わりに飲むことも増えるでしょう。 その時のお酒の味が、この実習終わり以上に美味しくなることを願っています。

T.A時代を思い出して

今日でうちのクラスの実習生の授業は終了です。 お疲れ様でした。 きっと上手くいかないことだらけだったことでしょう。 でも、いくつかは上手くいったこともあったと思います。 その部分については、大いに自分を褒めて欲しいと思います。 いつかも書いた気がするのですが、 大学生って褒められていない と思うんですよね。 褒める言葉を持っている人は、子どもたちを褒めるように、自分も褒められるんじゃないでしょうか。 子どもたちへの声かけに悩んだのならば、自分に対する褒め言葉もたくさん見つけてみる。 それも一つの方法ではなかろうか。 授業の振り返りを終えた後、ちょっとしたことからWordの使い方講座です。 うちのクラスの実習生2人の内1人は、私がM1のときに情報処理を受講していました。そこでT.Aをしていた私としてはちょっとそのときが思い出されました。 ちなみにお教えしたのは以下の項目。 各種ショートカットキー 画像の圧縮 オブジェクトの整列 目次の挿入 図表番号の挿入 段落スタイルの設定 それくらいですかね。卒論書く前に教えてあげたかったね。

ネヤさん食事会

イメージ
今日は午前授業。 子どもたちを帰してから実習生指導。 おとなりの中学で会議。 再び実習生指導でした。 いつもならそのまま指導が続くのですが、今日はネヤさんたちと食事会です。 申し訳ないと思いながらも18時くらいに指導終了。 19時に渋谷集合。 当初予定していたところは運悪く入れず。 せっかくなので飛騨名物鶏ちゃん焼きを食べさせてくれる ねじべえ に行くことに。 今日集まったのはネヤさん、ドカベソ様、ヤマグチ、私です。 急なお誘いにも関わらず応じて下さりありがとうございました。 さてさて3月、バタバタしますね。

Kリタ先生の出前授業

へい、お待ち。 ということで、Kリタ先生が出前授業をしてくださいました。 27日に行われる公開授業の事前授業です。 扱った単元は「ともなってかわる数」でした。 正三角形の机があります。1辺に1人が座れます。 △▽△▽ その机を↑のように横に並べていきます(実際は、間を空けずに並べます)。 30コ並べたとき、何人が座れるでしょうか? 子どもたちから出た考えは、大きく分けて3つくらい。 両端の机には2人ずつ座ることができ、その間の28コの机には1人ずつ座れる。 28+(2×2)=32 1辺に1人ずつ座れるから、30コの机で30人。30コの机の左端の人と右端の人を後から足す。 30+2=32 30コの机がくっついていなかったら30×3=90人座れる。2コの机をくっつけると1コ当たり1辺ずつ、合わせて2辺がくっつくから2人座れない。同様に3コの机をくっつけると2×2=4人、4コの机だと3×2=6人…と続き、30コの机だと29×2=58。これらから、机がくっついていない場合から、くっつくことによって座れなくなる人の数を引くことによって求める。 90ー58=32 ちょっと最後の説明がくどくなってしまった… 子どもたちの説明に負けているかも。なーんて。 自分も一応小学校の先生ですが、先輩の授業を見せて頂くと、もっと小学校の授業っぽくしないとなぁと思わされます。 伝わりにくいニュアンスかもしれませんけど… 専科以外で担任以外の授業を受けるのは、子どもたちにとっては珍しいことです。 担任の時とも、専科の時とも違った顔が見れて楽しかったです。 実習中だけに実習生の授業を見る機会は多いけど、先生方の授業を見せて頂けた事も珍しいことですよね。

7つの大罪

実習生も2週目に入ってきて疲れてきたのかな。 20時を越える頃になると、指導案とは直接関係ないことまで聞いてくる。 実習生は「 幼少児に劣等感を味わうことはその後の人生に負の影響を与えるのではないか 」ということを問うてきました。 私は一概にそうは言えないと思います。 なぜなら、 劣等感を味わうことが嫌で頑張るかもしれませんし、劣等感を味わうからこそ「なにくそ!」と発奮する可能性もある からです。 また、大人になるということは、より専門科していくことだとすると、劣等感を味わう分野については諦めることになるでしょう。それは同時に自分が専門として選ぶものを絞り込むことでもあります。つまり、 劣等感は人生の岐路に立ったとき、選択を促すものにも成り得る と言えるでしょう。 そんな話をして、実習生が帰った後、Kシノ先生に教員室でこんな話を聞きました。 7つの大罪があるでしょう。 それらは、人間にとって良くないとされているものです。 でも、「あの娘にモテたいから容姿を磨く」とか「お金持ちになりたいから仕事に打ち込む」といったように、その欲があるからこそ、それを満たすために努力することもあり得る。 要は、その罪をどうとらえるかですよ。 七つの大罪(ななつのたいざい)とは、キリスト教の用語。七つの罪源とも呼ぶ。「罪」そのものというよりは、人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指す。 七つの大罪は、4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの著作に八つの「枢要罪」として現れたのが起源である。八つの枢要罪は厳しさの順序によると「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」である。6世紀後半には、グレゴリウス1世により、八つから現在の七つに改正され、順序も現在の順序に仕上げられた。「虚飾」は「傲慢」に含まれ、「怠惰」と「憂鬱」は一つの大罪となり、「嫉妬」が追加された。via 七つの大罪 - Wikipedia 概ね私の言ったことと一致しているかなと思います。 さて、明日からは先に指導案を仕上げてからお話の時間にしましょうね。

実習生の初授業

今日は実習生の初授業でした。 2人の実習生が、それぞれ国語と算数を行いました。 初授業の感想は?と聞かずとも、次の言葉を連発していたことで、概ね分かりました。 「いい?」 子どもたちに確認することは大切です。 でも、何度も大丈夫かどうかを確認しなくてはいけない状態だった。 つまり、先生の目から見て大丈夫ではなかったということです。 そして、その状態が続くと… 「静かにして!」 という言葉が出るようになります。 子どもが喋るということは、今は話しても良い時間だと認識しているということです。 無駄話をしない状況をつくるには、教材に没頭させることが考えられます。作業させることや、面白い話で惹きつけることも良いでしょう。 やることが明確ならば、子どもたちは先生が不満に思うような行動はとらないはずです。 もし、やることが分かって、やらないんだったら、用意した教材が悪いんでしょうね。 それは反省して次に生かせば良いのです。 ここまで、授業がまともに展開していないような書き方をしましたが、やるべき事はしっかり押さえられていました。 さすが4年生。 次はイラッとせずに授業を展開できると良いですね。

東京巡り

東京巡り。 東京を巡ると言っても、東京タワーと内幸町、そして皇居なので全て近場です。 先日行ってきた実踏を十分に役立てる日がやって来ました。 東京タワーから、その昔うちの小学校が会った場所(内幸町)を探してみよう、という活動をやってみました。 ヒントは2つ。 Google先生のお力を借りて作った地図(鳥瞰図)と、実踏のとき撮影しておいた写真(内幸町の建物が写っている)です。 子どもたちは方角を考え、建物の特徴を照合し「あれじゃない?」「あっちだよ!」とか言いながら探しました。 個人差があったものの、無事みんなが見つけることができました。 特別展望台から下りると、子どもたちはきっちりと集合していました。 実行委員の子どもたちがよく頑張っていました。 午後のプログラムに移る前に、日比谷公園で昼食&休憩。 天気予報だと、これから雨が降る… という、テンション下がる予報でした。 が! なぜか、予報は外れ、むしろ日差しが強くなりました。 出発する前に「日頃の行いが良かったら晴れてくれるかもね〜」なんて冗談を言ってたんですが… ま、日頃の行いが良かったということにしておきましょう。 休憩を終え、内幸町を見学。 その後、皇居の見学へ。 ここから先は実踏していなかったので、私も初めて。 子どもたちと一緒になって楽しみました。 皇居の中で4点ほど印象に残っているものがあります。 ①長和殿 お正月のテレビでお馴染みの一般参賀。 そのときに使われる建物の前を通ってみると、意外と近いんですね。 テレビで見ると遠く見えるけど2〜3mくらいの距離しかない。 ②皇宮護衛官 某N体大の行進のような動き。 手足がピーンってなってます。 停止すると、本当に微動だにしない… ③大刈込 20数種類からなる植物が一つの植物のように刈りこまれている。 すごい迫力。 デカイ。 ④二重橋 現在は正門鉄橋と呼ばれている。 昔は1つの橋では高さが足りなかったため、橋の上に橋を作ったことに由来するらしい。 二重橋 - Wikipedia にもあるように、しばしば正門石橋と間違われる。 こうやって書くと、あっさりしていますが、1時間以上のツアーです。 しかも、ここまでの移動でかなり歩いています。 大人でも疲れるレベル...

協力より強力

今日の午後は がっつり3時間会議 。 会議は長い時間やればいいってもんじゃない とは思います。 しかしながら、ここ数年は人の入れ替わりが激しいという理由で、十分な意見交換や共通理解することが必要だと言われています。 その方針に沿って会議に参加しているんですけど、最近その考え方に懐疑しています。 組織は、文脈を読んでいる人が強力な提案をすることによって動く のではないでしょうか。 それを先導しているのは、 話を聞いている人ではない 気がします。 文脈を読んでいる人は、時として人の話を聞いていません。 聞く必要が有るか無いかを素早く判断し、言いたいことを言うのです。 例えそうしても周囲にもっとも適当だと判断されるため、非常にスムーズに事が進みます。 今の本校に必要なのは 協力より強力 だと感じています。 それは会議の場だけ顔を出すワンマンプレーではなく、授業の場や学級経営の場で発揮されるべきものです。 自らの授業力を子どもたちの姿で他の教員に示すことができる。 他の教員を出し抜いてしまうぐらい強力な教員。 そんな研究同人で構成される学校にならないと対外的に発信するのは厳しい。 力が全てだとは思いません。 でも、力も必要です。 中々まとまらない来年度の方針を話し合いながら、そんなことを考えました。